FLAGの移動本部になっているトレーラーの中で、エイプリルは疲れ果ててつい微睡んでいた。 後30分もすれば夜が明ける。東の空はそろそろ白んで来ていた。 その時、エイプリルの前の端末に接続されたプリンタが、沈黙を破って印字を始めた。 その音にエイプリルははっと目をさまし、すぐさまプリント・アウトされた文字を見た。 「KITTがバックアップ・コンピュータにアクセスしているわ! 正気に戻ったの?」 半信半疑ながら藁をもすがる思いでエイプリルはKITTを呼び出しにかかった。 (KITT、答えてちょうだい) エイプリルの願いを聞き入れたかのように、端末のモニタ・スクリーンがナイト2000の車内を映し出した。 「KITT!! KITT、聞こえる?!」 間に合ったのか?! エイプリルは悲鳴にも似た声でKITTを呼んだ。 “はい、エイプリル。聞こえます” 「KITT! 良かった……」 神に感謝の祈りをささげたい気分だった。 “エイプリル。あなたを置き去りにして行ってしまってごめんなさい。あの時私はどうかしていたんです。本当に…” 「いいのよ、KITT。それよりあなた、もう大丈夫なのね」 “ええ、もう大丈夫です。でもつい先程までは、人間で言う所の「錯乱状態」でした。マイケルのかたきを討たなければいけないと言うのに、我ながら情けない話です。エイプリル、これから私はマイケルを撃った犯人を探します。協力してください” けなげなKITTの言葉に、エイプリルは思わず微笑んだ。 −−KITTは本当にマイケルの事を思っているのね。私達の誰よりも−− そして、そんなKITTを人間達が騙し、試そうとしている……。 “エイプリル? どうかしたのですか?” 黙り込んでしまったエイプリルに、KITTが声をかける。 「え? いえ、KITT、マイケルの事ならもういいのよ」 “いい? ではもう犯人が捕まったのですか!” エイプリルは首を振った。 「犯人なんていないの。私が考えた通りならばね。いえ、敢えていうなら、犯人はデボンだわ」 “待って下さい、エイプリル。何の事だか私には判りません” KITTはうろたえた。エイプリルの言っている事がまるで分からない。ひょっとしたら自分がまだおかしいのか? そんなKITTの気持ちをさっしてエイプリルが言った。 「ごめんなさい、KITT。ちゃんと説明するわね……」 エイプリルは、KITTが行ってしまった後病院で起きた事を詳しく説明して聞かせた。デボンと見知らぬ男の会話、デボンのエイプリルへの対応、etc……。そしてそれらを総合的に考え併せた上での、今回の「狙撃事件」がKITTを試すために仕組まれた架空の事件ではないかと言う自分の考え……。 「FBIの捜査状況も調べてみたけれど、ロスアラミトスでの狙撃事件なんて受け付けられてはいないの。一応州警察の方も確認したけれど、結果は同じ。…あなた、どう思う?」 今度はKITTが黙り込んだ。ただ考えているだけでは無さそうだ。どこかのコンピュータにアクセスしているらしい事が、モニター・スクリーンに写るナイト2000のパネルの状態からかろうじて読み取れた。やがて、 “……あなたの考えは正しいようです。今、南カリフォルニア病院のメディカル・コンピュータに入り込んで、マイケルのデータをもう一度チェックしてみたのですが、あのデータは全て偽物です! 私も迂闊でした。いつもマイケルの状態をスキャンしていながら、あんなでっち上げのデータにひっかかるなんて。……マイケルは無事だと思います” KITTの声には明らかに安堵の気持ちが込められていた。エイプリルも同様にほっとした。 「あなたに確認してもらって、私もやっと安心できたわ。あなたも早く戻っていらっしゃい。デボンにあなたが大丈夫なのを見せつけてやらなくちゃ」 “ちょっと待って、エイプリル。やはり変です” 「変って、何が?」 エイプリルは再び不安な気持ちになりながら、KITTの次の言葉を待った。 “狙撃の件に関してはあなたの考えた通りだと思います。でもデボンさんが仕組んだというのはどうでしょうか。 この件でデボンさんが重要な役目を担っているのは確かですが、この計画は病院まで巻き込んでの大がかりなものです。かなり以前から綿密に計画が立てられたのでなければ無理ですよ。でもデボンさんにそんな気配はありませんでした” 「そうねぇ……」 KITTの言うのももっともだった。第一、こんな事を計画するくらいならあの時……1ヵ月前「アダム」の報告書をエイプリルに見せる筈がない。 −−となると、デボンを巻き込める程の何ものかがこの計画を立てた事になる。それは一体誰なのか……? 「……この事件をいったい誰が仕組んだのか、はっきりさせる必要があるわね」 “私も、このまま真相がはっきりしないで終わったのでは気がすみません!” KITTが珍しい程強い口調で言う。無理もない。もしあのまま狂い続けていれば、KITTはFLAGの手で破壊されていたかもしれないのだ。 「そうね。あなた、こんな酷い目にあったんですものね」 “私だけではありません。エイプリル、あなただってそうでしょう? それにマイケルだって” 「……それなんだけど、マイケルはこの事を知っていたのかしら…?」 前から疑問に思っていた事を、エイプリルはKITTにぶつけて見た。しかしKITTは何のためらいもなく断言した。 “それはあり得ません。マイケルが私にこんなテストをする筈がない。それは昨日のマイケルの様子からも判ります。マイケルも被害者です!” 「わかったわ、KITT。私たちをこんな目にあわせた犯人をみつけてやりましょう」 そう言ってから、モニターに写るあたりの様子がやけに暗いのにふと気づいた。時計を見るともう朝の7時をまわっている。外は十分明るい筈だ。 「ところでKITT、あなた今どこにいるの?」 モニターがアメリカ地図に切り替わり、その中の一点が赤く点滅している。 「まあ、ネバダの……」 “私を作ったウィルトン・ナイト氏の屋敷です。どうしてここにいるかは聞かないで! 私だってよく分からないんですから。とにかくこれからそちらへ戻ります。犯人探しについては道中で話し合いましょう” 一旦エイプリルとの交信を終え、ナイト2000は2年半程前に自分が生まれた場所を出た。 外は朝の陽射しですっかり明るくなっていた。 “……私はまさに「悪夢」を見ていたんだな。でももう夜も明けた。悪夢もおしまいだ” ナイト2000は朝日の中をロサンゼルスに向かって走り出した。 |