<<<Back ▲UP ■ The Farewell Knight ■



Chapter 10




 同じ頃、ナイト2000はロサンゼルスから北東部へ向かうフリーウェイを時速480Kmで走っていた。このまま走り続ければネバダ州に入る。
 KITTはマイケル・ナイトの居所に関するデータを探して、ネバダのある場所に行き当たった。このデータは決して優先度は高くはなかったが、重要度は最高レベルが付けられている。
 どうしてもこの場所へ行かなければならない、とKITTは感じていた。
“ここは私にとってもとても重要な場所の様だ。ここに私のオーナーがいるのか……”
 やがてナイト2000は目的の場所で停止した。
 そこにはヨーロッパ調の、レンガ造りの古めかしいが広大な屋敷があった。砂漠の端の、この屋敷以外には何も無い場所なだけに異様な雰囲気すらする。しかし、屋敷は何年も前に閉鎖された状態であるのは明らかだった。
 かたく閉ざされた扉の門柱に書かれた文字は、埃に半ば隠されてしまって読めない。
 KITTが赤外線モニターを使うと、隠れた文字が浮き上がった。
 −−ウィルトン・ナイト邱−−
 ナイト2000はしばらくその文字をみつめた後、扉に対して真っ直ぐにバックした。
 数十メートル離れた所で止まり、ギアを切り替えて急発進すると、ターボジャンプで扉を軽く飛びこした。
 敷地内を進むうち、この場に似合わない倉庫のような大きな建物に行き着いた。
 建物の扉は金属で出来ていて、かなりの幅と高さを持っている。ふとKITTは前に一度この扉を破った事があるような気がした。
“マイケル…”
 KITTはエンジンを思いっきりふかし、目の前の扉を突き破って倉庫のような建物の中へと飛び込んだ。
 ヘッドライトに照らされた建物の中は、巻き上げられた埃で霞んでいてよく見えなかったが、かなりの広さがある。
 しばらくすると、がらんとした中に取り残されて埃にまみれた機器類が見えて来た。
“この風景には見覚えがある……”
 KITTは自分の記憶から、一致する場所を選び出そうとして焦った。いつもならば瞬時に持って来る事ができる筈のデータが呼び出せない。
 焦れば焦る程目的を見失って、自分が何をしているかさえ分からなくなって来る。
“私はナイト2000……私はオーナーを探している……。私のオーナーはマイケル・ナイト…”
 KITTは混乱した状態で「マイケル」をキーに、データを探した。
『…俺の車だ……』
 突然古い記憶が蘇った。何年か前、この場所で聞いた。誰の言葉だったろうか…。
『考える? 俺の車が考える?』
 KITTのメモリーをマイケルの言葉が流れて行く。
“マイケル! どこに行ってしまったのですか? 私はあなたのそばにいなければならない…。私の任務は、オーナーであるあなたを護る事……”
『マイケルは頭を撃たれ……もう二度と意識を取り戻す事はないわ。……つまり脳死と言う事なの…』
 つい最近どこかで聞いたエイプリルの言葉だ。
“死んだ? マイケル・ナイトが? 私は任務を遂行出来なかった?! 目的を果たせなかった? 助けて、マイケル。私はどうなってしまったのですか……”
 またしてもKITTの思考がループに陥って行く。なんとかしなくては!
『…撃たれたの……』
 再びエイプリルの言葉。
“撃たれて…死んだ……。殺された? マイケルは殺された! 誰かがマイケルを撃ったのか? 犯人がいるのか?!”
 狂っていたロジックが、元に戻りかけている。
“私の任務はオーナーを護る事。そしてもう一つ……事件の解決にあたる事! 私はあなたを撃った犯人を探さなければならない…。私は……こんな所で何をしているんだ!?”
 とうとうKITTの中で暴走していたプログラムがループの抜け口をみつけた。
“ここはウィルトン・ナイト氏の屋敷……私が作られた工場じゃないか。なぜこんな所へ来てしまったんだ。今まで何をしていたんだ…”
 南カリフォルニア病院の前で、エイプリルからマイケルの状態を聞いた…。その後の記憶がはっきりしない。
“狂っていたのか……?”
 そう思いたくは無かった。だが混乱した記憶が、自分が今まで正常な状態では無かった事を物語っていた。
 幸いログだけは完全に残っている。記録を辿って自分がとった行動の異常さにKITT自身戦慄した。
 しかし今はもう狂っていないのか? 完全に正常に戻ったのだろうか。
 KITTは自己診断プログラムを作動させた。
“センサー、モニター、マイクロ・ジャマー。その他制御機能異常なし。自動走行システム異常なし。各部プロセッサー正常……大丈夫のようだ”
 取り敢えず問題無しと分かったが、マイケルは……。
 病院のメディカル・コンピュータから得た情報は、確かにマイケルの『死』を意味していた。
『お前は最高の相棒さ!』
 マイケルは死んでしまった。もう二度とあの声を聞く事は出来ない…。もう二度とナイト2000のハンドルを握る事も無い……。
“マイケル。私にとってもあなたは最高のパートナーでした。私は必ず犯人をみつけます。それがあなたを護れなかった私に出来る、ただ一つの事ですから。あなたにお別れを言うのはその後です!”
 真っ暗な建物の中で、ナイト2000の赤いセンサーだけが揺れていた。まるで、ここで初めてマイケルに会った時のように。
 自分のなすべき事がはっきりすると、再び小さな不安が頭をもたげる。
 本当に自分は完全に戻ったのだろうか。自己診断は「異常なし」と出たが、こんな事態になったのは初めての事で、まだなにか落ち着かない。
“計算機能のチェックをしてみようか。πの計算を20万桁……”
 KITTは全処理能力を円周率計算に集中させた。そして10数秒後にはπの値を20万桁まではじきだした。
 計算値の整合性をチェックする為、KITTは衛星通信回線でFLAG本部地下深くに設置された、ナイト2000自身のバックアップ・コンピュータを呼び出した。
 −−COMPARE SUCCESS −−
 KITTはやっと自分の状態に満足した。


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