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Chapter 16




 「様子はどう?」
 南カリフォルニア病院の駐車場に着いたナイト2000の中から前方の建物を見ながら、エイプリルがKITTに尋ねた。ほぼ正面に位置する病室の3階の1室がマイケルのいる311号の筈だ。
 KITTは赤外線透視装置で部屋の様子を探る。モニター・スクリーンに部屋の中の様子は少しぼけた感じで映った。
“大丈夫、マイケルはまだ無事です。病室には他には誰もいません”
「私が非常階段からマイケルを連れ出すわ。KITT、あなたは外から見張っていてちょうだい」
“判りました。でもエイプリル、連絡はどうします? コムリンクはマイケルの所ですよ”
 エイプリルは上着のポケットから小型のトランシーバーを取り出して見せた。
「これで何とかなるわ。コムリンク程性能は良くないから建物の中へ入ったら役に立つかどうかわからないけど」
 そう言うとエイプリルは少し唇を噛み締め、ナイト2000の外に出た。
「KITT。あなたもなるべく目立たないように気をつけてね」
“あなたこそ気をつけて。マイケルをお願いします”
 エイプリルはKITTに微笑みかけると、人目の無いのを確かめてから病院の建物の外についている非常階段に向かって走った。
 金属製の階段を、なるべく音を立てないように注意しながら3階まで昇ると、スチール製の非常扉のノブをそっとまわして引いた。しかし予想通り鍵がかかっている。
 エイプリルはトランシーバーを取り出し、小声でKITTを呼んだ。
「KITT。ドアの鍵を開けて!」
 KITTは3階の非常扉に向けてマイクロジャマーの照準を合わせた。
 ガチャっと小さな音がして、扉の鍵は難なく開いた。
 建物の中に入ると、エイプリルは辺りを注意深く見回す。幸い通路に人影は見えない。
 311号室は非常口のすぐ横手にあった。その部屋の中に急いで体を滑り込ませたエイプリルは、もたれかかる様に後ろ手にドアを閉めた。
 病室のベッドの上では、昨夜見た時と同じようにマイケルが眠り続けていた。
「マイケル……」
 あの時は本当にもうだめだと思っていたのに……。
 エイプリルにはあれがほんの昨日の事とは思えなかった。随分前の事のようだ。
 だが今はそんな感傷にひたっている場合ではない。急がなければならない。
 エイプリルはベッド脇に立ててあるボンベを調べた。このボンベのガスがマイケルを眠らせ続けている筈だ。
(やはりフローセンだわ)
 これなら何も問題はない。直にボンベのバルブを閉じてガスの出を止めた。
 −−これであと5分くらいでマイケルは睡眠状態から解放される−−
 次にエイプリルはコムリンクを探して辺りを見回した。
「あ、あったわ!」
 エイプリルはデジタル時計の形をしたコムリンクをサイドボードの上から取り上げると、小さな赤いボタンを押して囁きかける。
「KITT! 聞こえる?」
“聞こえます、エイプリル。マイケルは?!”
「催眠ガスで眠らされていたわ。ガスは止めたけど、覚醒するまでにはしばらくかかるわ。この部屋に誰か近づいたらすぐ知らせてね」
“判りました”
 マイケルの無事を確認したKITTの声が弾んでいる。
 エイプリルは腕時計を見た。ガスと止めてから約5分が経過している。すでに血中のフローセンの濃度は十分下がった筈だ。
 エイプリルはマイケルの体に取りつけられていたコードの類をかき分けるように近づきながら、申し分けなさそうに言った。
「マイケル、ごめんなさい。あなたには悪いけど、少し痛い目を見てもらうわね」
 そしてなるべく音がしないように気をつけながら、強くマイケルの頬を平手うちした。
「…う、うーん……」
 マイケルが顔をしかめて呻く。
「マイケル。マイケル?!」
 今度は体をゆさぶってみた。するとマイケルの手エイプリルを押しのけようとするように動いた。
 そしてやがてうっすらとマイケルが目を開ける。眩しそうに瞬きをしながら。
 エイプリルはほっとした。もう大丈夫だ。
「マイケル、おきて!」
 マイケルは眩しさに手をかざそうとして、腕に繋がれたケーブルに驚いたような表情をみせた。
「う……ん? エイプリル?」
 まだ頭がはっきりしないせいか、マイケルはぼんやりと辺りを見回した。
「マイケル。ねえ、起きてちょうだい。時間がないの」
 ともすれば再び眠りこみそうになるマイケルの体を、エイプリルは無理やり引き起こした。
「……エイプリル、一体どうしたんだ? ここは?」
 マイケルは眠気を振り払おうとして頭を強く振った。
「ここは病院よ、マイケル。さあ着替えて! 下でKITTが待っているわ」
 エイプリルは自分の肩を貸してマイケルを何とかベッドから降ろした。丸1日眠らされていたマイケルは、まだ足元がふらついている。
「……KITT?……そうだ! KITT! KITTは無事か!」
 突然マイケルはエイプリルの腕を強くつかんで怒鳴った。
「い、痛いわ、マイケル!」
 エイプリルが顔をしかめて言う。マイケルも慌てて手を離した。
「あ、ごめんよ、だがKITTは? 無事なんだろうな」
「しっ! 大きな声を出さないで。KITTなら無事よ。さあマイケル、急いで。あなたが眠っている間に大変な事が分かったの」
 エイプリルは、マイケルが着替えている間に事情を簡単に説明した。
「……そうだったのか! ガースの奴! デボンもまんまと奴の計画に乗せられたってわけか」
「これ以上の詳しい事はKITTに聞いて。とにかく早くここを出ましょう。何時連中があなたを連れ出しに来るか分からないわ!」
 二人はエイプリルが来た時と同様に非常階段から外に出た。


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