<<<Back ▲UP ■ The Farewell Knight ■



Chapter 3




 翌日の朝早く、マイケルはベッド脇のサイド・テーブルに置いてある電話の音で目をさました。
「うーん……いったい誰だぁ?」
 まだ覚めきらない目で時計を見ると、時刻は午前7時30分をわずかに過ぎたところ。
「分かったよ」
 横になったままでしぶしぶ受話器を取り上げると、不機嫌な声で言った。
「もしもし……」
『マイケルか?』
「デボン? なんだい、こんな朝っぱらから」
 相手がデボンだと分かってマイケルもやっとベッドに体を起す。
『マイケル。これからすぐ出られるか?』
「すぐったってこっちは今起きたばかりだぜ。身仕度する時間くらいはもらいたいな」
 そう言いつつもマイケルはデボンの口調がいつになく緊張気味なのに気づいていた。だいたいこんな時間にわざわわざ家まで電話をかけて来る事自体おかしい。
「デボン、何か事件か?」
『まだ何とも言えんのだ。とにかく急いでこっちに来てくれ』
「分かった。で、どこへ行けばいい?」
『ロスアラミトスの海軍航空基地だ』
 マイケルは時計を見ながら答えた。
「OK! KITTなら2時間ってところだ」
『いや……。KITTは本部に置いて、君一人で来るんだ。エイプリルにKITTのオーバーホールを頼んである』
 デボンの言葉は意外だった。マイケルは思わず聞き返した。
「なぜ?! 急ぎなんだろう。他の車じゃそっちに着くのは昼過ぎになっちまうぜ。それにKITTは別にどこも悪くない」
 マイケルの問いに対し、受話器の向こうからは何の返事も無い。
「KITTに知られたらまずい事なのか?」
『まあそういう事だ。君がこっちに来る事はエイプリルにも話してもらっては困る。君と私だけの話にしてほしい』
「どういう事だ。一体何があったんだ、デボン。説明してくれ。KITTにもエイプリルにも秘密にしろなんて、ただ事じゃないんだろう」
『……実は、KITTと同様に感情を持った“アダム”と言うコンピュータが製作者であり教育者でもあった博士が亡くなった事によるショックで狂ってしまうと言う事故があった。その事で国防総省がKITTにクレームをつけて来た。これ以上の詳しい内容は電話で話すわけにはいかんのだ、マイケル。分かってくれ』
「分かった。これからすぐ行く」
 マイケルはデボンが電話を切った後もしばらく受話器を握ったままでいた。何かよくない事が起きそうな予感がする。しかしとにかくデボンの所へ行ってみるしかない。そう決心るすると、急いで身仕度を始めた。



 “マイケル、どうしたんですか? 今朝はいつものあなたらしくありません。やはり昨日ゆっくり休むべきだったのでは?”
 家を出て以来殆ど口もきかず、思い詰めたような顔でハンドルを握るマイケルを心配してKITTが声をかけた。
「ん?……ああ、ちょいと考え事をしていたんだ」
“今朝の電話の事ですか? デボンさんからの。何か事件でも?”
「いや、そうじゃない。エイプリルにおまえのオーバーホールを頼んだからおまえを本部まで連れて行けってね」
 マイケルの答えに対してKITTはあからさまに不服を表明する。
“私はどこも悪くはありませんよ、マイケル。それに定期点検は2週間前にすませたばかりです”
「だから俺も不思議に思ってさ。どうもデボンの言う事ってのは今一つ分からないね」
“それはあなたにも言える事ですね”
 KITTのまぜっかえしに、マイケルは軽く口笛を吹いて苦笑した。
「言ってくれるねぇ。……そうだKITT、おまえ<アダム>って知ってるか?」
“<アダム>ですか? 旧約聖書の創世記第2章に出てくる、土と塵から作られた最初の人間の事ですか? しかしあの記述はきわめて不正確です。人間の組成の約70%は水分ですから『水から作った』と言った方がまだ事実に近いと思いますよ”
 KITTの解答に、マイケルは思わず苦笑した。
「そうだな。お前はいつも正確だ」
“でもマイケル、その<アダム>がどうかしたんですか?”
「いやなに、ちょっと聞いてみたかっただけさ」
 楽しそうに言うマイケルを訝るようにKITTが言った。
“マイケル”
「なんだ?」
“私が思うに、私のオーバーホールより先にあなたとデボンさんにカウンセリングを受ける事をお勧めしたいところです。今朝のお二人には非論理的発言が目立つようです”
「ハハハ……。ご意見承っておきましょう」
 マイケル・ナイトを乗せたナイト2000は、ロサンゼルスの街をFLAG本部へむけて走り抜けて行った。


 FLAG本部に着くと、既にデボンから連絡を受けたエイプリルが、マイケルとKITTを待ち受けていた。
「ヘイ! エイプリル。患者を連れて来たぜ」
 ナイト2000を本部の中の専用メンテナンス・ルームに乗り入れさせて、エンジンを切って車から降りて来たマイケルが、おどけた調子でそう言った。
 病人扱いするマイケルの言葉を否定するようにKITTが赤いセンサーを光らせて抗議する。
“エイプリル、私はどこも悪くありません”
「私もそう思うんだけど、デボンがうるさいのよ。我慢してね、KITT」
 二人の会話を笑いながら聞いていたマイケルは、メンテナンス・ルームのドアの方に歩きだしながらエイプリルに声をかけた。
「じゃ、後は頼んだぜ、エイプリル」
「あら、マイケル?!」
“マイケル、どちらへ?”
「ちょいとヤボ用。すぐ帰ってくるさ、相棒!」
 マイケルはKITTに向かって親指を立ててみせた。
“そう願いますよ。あなたがいないと寂しいですから”
「ハハハ……。よく言うよ! じゃあな」
 そう言って悪戯っぽくウィンクすると、「マイケル!」と呼ぶエイプリルを無視して駆けて行ってしまった。
「もう! 行き先くらい言っていってほしいわね、KITT」
 エイプリルは愚痴ってみたが、この時に限ってKITTが何も返事をしない。
「どうしたの? KITT」
“何だか取り残された気分です。エイプリル”
 KITTは幾分沈んだ口調で答えた。
「そうね。分かるわ。私もなんだかそんな気持ちよ」
 そしてマイケルの出ていった方を諦め顔で見やったが、やがて、
「さあ! 始めましょうか」
“いつもの事ですが、気が進みません。きっと子供が歯医者へ連れて行かれる時もこんな気分なんでしょうね”
 KITTがいかにも情け無さそうな声で言う。
「まあ、KITT。私はあなたに痛い思いをさせるようなヤブ医者じゃなくってよ。はーい、大きく口を開けて!」
 エイプリルはそう言いながらKITTのボンネットを開けた。


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